悩める子羊たち

バスに揺られてインド最南端であるカーニャクマリについた。カーニャクマリはバスで一時間程度。

 

バスから降りた瞬間に懐かしい匂いが鼻につき、海が見えなくても潮の香りが香ってきた。少し歩くと荒波で水しぶきを上げている防波堤に着く。でかい銅像が遠くの方で波に打たれている。ガンジーのテンパルに入り一緒に記念撮影。ガンジーと坊主。

 

端に来た記念にジャンプ。

 

水しぶきに合わせるために何回も撮り直した。

 

ベンチにはカップルや家族連れが座っている。僕も混ざって座ってみることに。1分もせずに探索することに。じーっと待ってられない性格がここで発揮された。黄昏るには太陽が暑かった。

 

どでかいホテルの従業員が一緒に草むしりしないかと声をかけてきた。僕は笑って断った。一緒にセルフィーだけは撮ってあげた。ずっと気になっていたんだが、インド人は写真を撮るときこれでもかってくらいにカッコつける。笑顔とピースサインはいらないらしい。

 

自分の自撮りを待ち受けにするくらいのナルシスト。

 

本当はサンセットまで粘るつもりが暑すぎて帰ることにした。電車のレールを歩いて帰る。そしたら、道に間違っているらしく近くを通りかかったバイクのお兄ちゃんが駅の近くまで乗っけてくれた。

 

この道を行けばいいよって言われ。一緒に記念撮影。さんきゅ。

 

 

この道を行けばいいよって言われ。一緒に記念撮影。さんきゅ。

 

田舎道を歩いていく。子供たちが手を振ってくれる。道行く人が挨拶してくれる。

 

インドは駅の近くや水辺には必ず低所得の集落があって家が木や葉っぱでできていたりする。そんなところを僕は通っているんだろう。肌の色が濃い。そしてみんな、僕に興味津々だ。

 

みんないい笑顔で会釈してくれる。笑顔があると優しい気持ちをもらえる。だけど、気持ちに余裕がない人はいい顔をしていない。

 

「貧しいものには施しを」の精神がヒンドゥーの教えではあるが、僕はヒンドゥーではないし一過性のものに意味がないと思ってしまう。全てを救うことはできないのだから。

 

貧困問題は僕がどうこう言える問題ではないが、僕の心に張り付いている。どうにかしてって神にでも頼んでみようかな?

 

はしゃぐ子供達。なだめるお母さん。そんな光景がなんか癒された。

 

笑顔があれば素敵やん。

 

バスに乗ったら明らかに行きのバスよりグレード高いのに、行きよりも安かったのはインドあるあるだろう。

 

その辺のアバウトさは僕には丁度いい。帰りは快適に寝れた。